愛媛ITFジュニアを終えて


「今後必要なことは何か」と考えた時、ジュニア大会の新設は、「至ってシンプルな流れだった」と伊達公子は言った。

 

世界で戦える選手を育てたい――。

 

その情熱を原動力に、“伊達公子✕ YONEX PROJECT”を立ち上げたのが2019年初夏のこと。伊達自らがオーディションで選んだ15歳以下の4選手を、2~3ヶ月に1度の頻度で、2日に渡り指導するプロジェクトだ。
ただ、それだけでは十分ではないことは、彼女が誰より、危機感に似たモチベーションと共に感じていた。
「ジュニアのための環境整備は、私のなかでやりたいことの一つ。プロジェクトに選ばれた選手たちの目標を実現させ、私のやりたいことの方向性とも合致するなかでの動きでした」。
伊達の言うこの「動き」こそが、世界に羽ばたくための足掛かりとしての、『リポビタン国際ジュニア Supported by KIMIKO DATE×YONEX PROJECT』の設立である。

 

伊達の理念のもと愛媛県松山市で産声を上げた大会は、コロナ禍の困難な状況下ながら、地元の強力な後押しもあり11月30日に開幕した。
ゼネラル・プロデューサーの伊達に求められたのは、大会の全体像を俯瞰すること。同時にプロジェクト生たちの心身の動きを、つぶさにチェックすることだ。
プロジェクト生たちの動向では、シングルスでは山上夏生、成田百那、永澤亜桜香の3名は初戦敗退。ただこれは、選手たちの実戦経験や年齢を考えた時、想定内の結果だったろう。

 


それら敗戦のなかでも、伊達が高く評価したのが、13歳の山上の奮闘だ。3歳年長者に物怖じすることなく立ち向かい、最終セットでもリードするチャンスを手にしていた。
それだけに、勝機を逃した敗戦を、本人は悔しがったという。もっともその姿勢こそが、伊達が見極めたかったもの。
「彼女はもともと勝負師だし、試合でもそれが見られた。今回の敗戦を持ち帰り、やるべきことをやって帰ってきてくれるのではと思います」と、将来を見据えたエールを送った。

 


一方で伊達が、今この時だからこそ結果を求め、敢えて厳しい視線を向けてきたのが、メンバー最年長の奥脇莉音だ。
1回戦を勝ち、2回戦を突破しても、伊達は奥脇に甘い言葉は掛けなかったという。
「こうやって勝ち残っていく時は、自分への期待感もふくらんでいくのが当然。ただ勝ち上がれば、さらに相手も強くなる。調子が良いことを自信に変えるのはいいが、それだけでは勝ちきれない。優勝するためには、昨日より今日、今日より明日と、一層高いパフォーマンスしないと難しい」。
ラウンドが進むごとに、伊達は奥脇にそう伝え続けたという。

 

それら伊達からのメッセージを、奥脇は「勝ってはいるが、優勝するという気持ちが足りない」と受け止める。

 

ではどうすれば、その意志を持てるのか――?
答えは、直ぐに見つかりはしない。それでも、「とにかく『気持ちを強く』と、ずっと自分に言い聞かせていた」と奥脇は言う。その言葉を胸に刻み挑んだ準々決勝、そして準決勝で接戦を勝ちきったことを、奥脇は「良かった点」と自己評価した。

 

ただ、真に優勝が目前に迫った決勝戦では、緊張が彼女を圧する。立ち上がりは硬さも見られ、1ゲームも取れぬままに失った第1セット。
それでも相手の攻撃パターンを分析し、「打つコースが分かってきた」という第2セットのゲームカウント0-3からは、5ゲーム連取に成功した。
だがこの局面で、「ポイントが欲しくて力んでしまった」がためにミスが増える。最終的にはセットポイントを取り切れず、掴みかけた主導権を手放すことに。心から欲したからこそ、優勝の難しさを痛感する結果となった。

 

「また課題がいっぱい見つかったね」
表彰式で奥脇に賞品を手渡す時、伊達は教え子に声を掛ける。
苦笑いを浮かべる奥脇は、伊達の言う課題が何かは「なんとなく分かる」と言った。

 

「やっぱり、(第2セットのゲームカウント)5-3の時かな……。あとセカンドセットの1ゲーム目で、3連続ブレークポイントを取れなかったのが、大きかったかなって思います。
自分としては、取りたいポイントでこそラリーをしなくてはと感じたので、そこを意識して練習をやっていきたいです」。

 

伊達は実際に、決勝後の奥脇に次のような言葉を掛けたという。

 

「とにかくミスが多いので、ひとつひとつの精度を上げて安定感を増すことが必要。もっとトレーニングをしなくてはいけない点もあるし、小手先だけで処理しようとせず、下半身からパワーを伝えるように打たなくてはいけないし……」。

 

この1年半での奥脇の成長を認めつつも、伊達が最終的に見つめるのは「何かが足りなかったので負けた」という現実。
そして、伊達が重視するこの着地点は、敗戦直後に「負けてしまったことが事実。そこの反省をしっかりして、次の大会でがんばりたい」と口にした奥脇の想いとも重なる。
一週間の大会を経て見られた、奥脇の内面の変化と、伊達が改めて見出した課題――。
それらが同じ方向を指したことに、大会設立の最大の意義があったはずだ。

 


奥脇を決勝で破り頂点に立った石井さやかは、伊達がジュニア選手たちに求める「優勝」や「世界」への意識を、予め抱いて今大会に挑んだ選手と言えるかもしれない。
元デビスカップ代表の米沢徹に師事する石井は、現コーチの門を叩いた理由を「世界的に活躍したいと思ったから」と明言する。錦織圭らの指導経験も持つ米沢の言葉や指導理念、そして内藤祐希ら米沢の下から巣立った先輩たちが、彼女の視線を上に向かせているようだ。
さらには石井にとっては伊達も、プロとは何かを、間接的に教えてくれた存在だという。
「小学生の頃に伊達さんの本を読んで、凄いプレーヤーだと知った」と回想する少女の胸に深く刻まれたのが、伊達の練習時の心構え。練習の休憩時でも、ベンチに座るのはチェンジオーバーの時間である90秒と定めていたことを知り、「常に実戦を想定しているんだ」と感銘を受けたという。

 

そのような石井の歩んだ足跡が、決勝での勝敗を分けた一因だろうか。 
170cmの上背から打ち込むフォアを軸に9ゲーム連取するも、「集中力が切れると、直ぐに決めにいってしまう」という癖が顔を出し、第2セットで許した逆襲。
それでも「このセットを落としてもいいから、粘って粘ってポイントを取るようにしよう」と言い聞かせ、再逆転で勝利をつかむ。ついに手にしたITFジュニア初タイトルを喜ぶと同時に、「来年はグランドスラムジュニアに出たい」と、早くも次の目的地に目を向けた。

 


世界を目指すことに迷いのない選手という意味では、男子シングルス優勝者のジョーンズ怜音も同様だ。
十代前半から国際大会に出場し、13歳でフランスのムラトグル・テニスアカデミーに単身留学。セリーナ・ウイリアムズやステファノス・チチパスらトッププレーヤーたちと同じ空気を吸い、世界中から集うトップジュニアと鎬を削る15歳が、自身を「プロへの道に居る」と捕えるのは必然だろう。
現在はビザの関係で帰国中だが、種々の手続きが終われば、直ぐにもフランスに戻る予定だという。その間に日本で出場したITFジュニアの優勝は、彼にとっては通過点だ。
「多くの方に支えられてここまで来られた。プロを目指しているので、来年はグランドスラムジュニアに出たい」。
女子優勝者と同じ目標を、ジョーンズも口にした。

 


同時に改めて気づいたのは、継続していくことの重要性。
「私自身がジュニアと関わるようになり、自然と必要性を感じて始めた大会。開催できたのは良かったが、続けていかないと成果が見えるものではない。継続が大事だというのは、感じたことではあります」。
決意表明とも言えるこの言葉の後に、伊達が語気を強めて続けたのが、次の大会設立の哲学だ。

 

「選手の意識付けとしては、ここに帰ってきてもらっては困る。ここをベースに、出場した選手たちが、いずれグランドスラムで勝っていくことを目的に作った大会。なので、帰ってこないという意識でスタートしてもらえれば……それが、選手に望むことです」。

 

この大会を足掛かりに、世界へと羽ばたいて欲しい――。

 

今大会の男女優勝者、そして伊達プロジェクトの看板を背に準優勝した奥脇らは、伊達からのこのメッセージを、確実に受け止め未来への指針へと変えたはずだ。

 

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